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最高裁判所大法廷 昭和42年(行ツ)28号 判決

上告人

旧商号スピード手編工業株式会社

スピード編機株式会社

右代表者清算人

岩松武雄

シルバー編機製造株式会社訴訟承継人

上告人

旧商号シルバー編機株式会社

シルバー精工株式会社

右代表者代表取締役

井野総太郎

上告人

旧商号日本ミシン製造株式会社

ブラザー工業株式会社

右代表者代表取締役

安井正義

右三名訴訟代理人弁護士

新長巌

被上告人

奥村文治

右当事者間の東京高等裁判所昭和三三年(行ナ)第三〇号審決取消請求事件について、同裁判所が昭和四一年一二月一三日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申告があり、被上告人は上告棄却の判決を求めた。よつて、当裁判所大法廷は、裁判所法一〇条三号、最高裁判所裁判事務処理規則九条三項により、上告代理人新長巌の上告理由第五点について、次のとおり判決する。

主文

本件上告理由第五点の論旨は理由がない。

理由

上告代理人新長巌の上告理由第五点について

所論は、要するに、上告人が特許庁及び原審において主張した事実について、特許庁における判断を経ていないという理由で判断しなかつた原判決には、法律の適用を誤り、最高裁判所の判例(同庁昭和二六年(オ)第七四五号同二八年一〇月一六日第二小法廷判決・裁判集民事一〇号一八九頁)に違反した違法があるというのである。

本件に適用される旧特許法(大正一〇年法律第九六号。以下「法」という。)によれば、特許にこれを無効とすべき原因があるとする利害関係人は、特許の無効の審判を請求することができ(八四条)、右審判の審決又は特許出願に対する査定に対しては、これを受けた者から抗告審判の請求をすることができる(一〇九条)とされるとともに、他方、審判又は抗告審判を請求することができる事項に関する訴は、抗告審判の審決に対する訴としてのみ提起することができ(一二八条ノ二第四項)、かつ、抗告審判の審決に対する訴は、東京高等裁判所の専属管轄とされている(同条一項)。そして、更に、右訴において請求が理由があると認められるときは、裁判所は、審決を取り消すべく、右取消があつた場合には、抗告審判の審判官は、更に審理を行つて審決をすべきものとされている(一二八条ノ五)。これによつてみると、法は、特許出願に関する行政処分、すなわち特許又は拒絶査定の処分が誤つてされた場合におけるその是正手続については、一般の行政処分の場合とは異なり、常に専門的知識経験を有する審判官による審判及び抗告審判(査定については抗告審判のみ)の手続の経由を要求するとともに、取消の訴は、原処分である特許又は拒絶査定の処分に対してではなく、抗告審判の審決に対してのみこれを認め、右訴訟においては、専ら右審決の適法違法のみを争わせ、特許又は拒絶査定の適否は、抗告審判の審決の適否を通じてのみ間接にこれを争わせるにとどめていることが知られるのである。

次に、法が審判及び抗告審判の手続として定めているところをみると、特許の無効審判の請求については、一定の申立及び理由を記載した審判請求書を提出すべく(八六条)、提出された請求書についてはその副本を被請求人に送達して答弁書提出の機会を与えるものとし(八八条一項)、また、審判においては、申し立てられた理由以外の理由についても審理することができるが、この場合には、その理由につき当事者らに対して意見申立の機会を与えなければならないとする(一〇三条)とともに、審判に関与する審判官についての除斥、忌避(九一条から九六条まで)、公開による口頭審理方式(九七条)、利害関係人の参加(九八、九九条)、証拠調(一〇〇条)等、民事訴訟に類似した手続を定め、抗告審判についてもこれらの規定を準用している(一一〇条)。これによってみると、法は、特許無効の審判についていえば、そこで争われる特許無効の原因が特定されて当事者らに明確にされることを要求し、審判手続においては、右の特定された無効原因をめぐつて攻防が行われ、かつ、審判官による審理判断もこの争点に限定してされるという手続構造を採用していることが明らかであり、法一一七条が「特許若ハ第五十三条ノ許可ノ効力……ニ関スル確定審決ノ登録アリタルトキハ何人ト雖同一事実及同一証拠ニ基キ同一審判ヲ請求スルコトヲ得ス」と規定しているのも、このような手続構造に照応して、確定審決に対し、そこにおいて現実に判断された事項につき対世的な一事不再理の効果を付与したものと考えられる。そしてまた、法が、抗告審判の審決に対する取消訴訟を東京高等裁判所の専属管轄とし、事実審を一審級省略しているのも、当該無効原因の存否については、すでに、審判及び抗告審判手続において、当事者らの関与の下に十分な審理がされていると考えたためにほかならないと解されるのである。

右に述べたような、法が定めた特許に関する処分に対する不服制度及び審判手続の構造と性格に照らすときは、特許無効の抗告審判の審決に対する取消の訴においてその判断の違法が争われる場合には、専ら当該審判手続において現実に争われ、かつ、審理判断された特定の無効原因に関するもののみが審理の対象とされるべきものであり、それ以外の無効原因については、右訴訟においてこれを審決の違法事由として主張し、裁判所の判断を求めることは許さないとするのが法の趣旨であると解すべきである。

そこで、進んで右にいう無効原因の特定について考えるのに、法五七条一項各号は、特許の無効原因を抽象的に列記しているが、そこに掲げられている各事由は、いずれも特許の無効原因をなすものとしてその性質及び内容を異にするものであるから、そのそれぞれが別個独立の無効原因となるべきものと解するのが相当であるし、更にまた、同条同項一号の場合についても、そこに掲げられている各規定違反は、それぞれその性質及び内容を異にするから、これまた各規定違反ごとに無効原因が異なると解すべきである。しかしながら、無効原因を単に右のような該当条項ないしは違反規定のみによつて抽象的に特定することで足りるかどうかは、特許制度に関する法の仕組みの全体に照らし、特に法一一七条が、前記のように、確定審決における一事不再理の効果の及ぶ範囲を同一の事実及び証拠によつて限定すべきものとしていることとの関連を考慮して、慎重に決定されなければならない。

思うに、特許の基本的要件は、法一条に定める「新規ナル工業的発明」に該当することであり、特許すべきかどうか、又は特許が無効かどうかについて最も多く問題になるのも、右法条に適合するかどうか、なかんずく当該発明が「新規ナル」ものであるかどうかであるところ、法四条は、右にいう発明の「新規」とは、「特許出願前国内ニ於テ公然知ラレ又ハ公然用ヰラレタルモノ」又は「特許出願前国内ニ頒布セラレタル刊行物ニ容易ニ実施スルコトヲ得ヘキ程度ニ於テ記載セラレタルモノ」に該当しないことをいうと規定している。すなわち、ある発明が法にいう「新規ナル」もの(以下「新規性」という。)に当たるかどうかは、常に、その当時における「公然知ラレ又ハ公然用キラレタルモノ」又は公知刊行物に記載されたもの(以下「公知事実」という。)との対比においてこれを検討、判断すべきものとされているのである。ところが、このような公知事実は、広範多岐にわたつて存在し、問題の発明との関連において対比されるべき公知事実をもれなく探知することは極めて困難であるのみならず、このような関連性を有する公知事実が存する場合においても、そこに示されている技術内容は種々様々であるから、新規性の有無も、これら公知事実ごとに、各別に問題の発明と対比して検討し、逐一判断を施さなければならないのである。法が前述のような独得の構造を有する審査、無効審判及び抗告審判の制度と手続を定めたのは、発明の新規性の判断のもつ右のような困難と特殊性の考慮に基づくものと考えられるのであり、前記法一一七条の規定も、発明の新規性の有無が証拠として引用された特定の公知事実に示される具体的な技術内容との対比において個別的に判断されざるをえないことの反映として、その趣旨を理解することができるのである。そうであるとすれば、無効審判における判断の対象となるべき無効原因もまた、具体的に特定されたそれであることを要し、たとえ同じく発明の新規性に関するものであつても、例えば、特定の公知事実との対比における無効の主張と、他の公知事実との対比における無効の主張とは、それぞれ別個の理由をなすものと解さなければならない。

以上の次第であるから、審決の取消訴訟においては、抗告審判の手続において審理判断されなかつた公知事実との対比における無効原因は、審決を違法とし、又はこれを適法とする理由として主張することができないものといわなければならない。この見解に反する当裁判所の従前の判例(最高裁昭和三三年(オ)第五六七号同三五年一二月二〇日第三小法廷判決・民集一四巻一四号三一〇三頁、同昭和三九年(行ツ)第六二号同四三年四月四日第一小法廷判決・民集二二巻四号八一六頁)は、これを変更すべきものである。(なお、拒絶査定の理由の特定についても無効原因の特定と同様であり(拒絶理由の通知について法七二条、抗告審判におけるその準用について法一一三条一項参照)、したがつて、拒絶査定に対する抗告審判の審決に対する取消訴訟についても、右審決において判断されなかつた特定の具体的な拒絶理由は、これを訴訟において主張することができないと解すべきである。それ故、上告人の引用する当裁判所昭和二六年(オ)第七四五号同二八年一〇月一六日第二小法廷判決・裁判集民事一〇号一八九頁もまた、これを変更すべきである。)

以上の見解に立つて本件をみると、上告人が本上告理由において原審がこれにつき審理判断しなかつた違法があると主張する諸事実のあるものは、本件審決が審理判断した無効原因条項とは別個の条項に関するものであり、またその他はいずれも、法一条違反に関するものではあるが、本件審決が無効原因として認めた公知事実とは別個の公知事実の主張であるから、原審が、本件審決の適否につき、そこで審理判断されていない別個の無効原因であるこれらの事実の主張を考慮すべきでないとしたのは正当であり、原判決には所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(村上朝一 藤林益三 岡原昌男 下田武三 岸盛一 天野武一 坂本吉勝 岸上康夫 江里口清雄 大塚喜一郎 高辻正己 吉田豊 団藤重光 本林譲 服部高顕)

上告代理人新長巌の上告理由

第一点 (昭和三十五年十月四日言渡の中間判決に対する不服)

(一) 原審は共同被告である萩原編物機株式会社に対して適法な訴提起がなかつたに不拘、これあるものとして手続を進行し、本案判決をなした違法がある。

元来、特許庁のなした無効審決に対する取消訴訟において、それが多数人のなした共同審判請求である場合は、被請求人が審決の取消を求めるには、その全てを被告として訴を提起しなければ、無効審決の確定を妨げるわけにはゆかない筈である。

即ち、審決の効力は、共同審判請求人の各人に対して個別的に及ぶからである。

これを本件についてみるに、特許庁昭和三十二年抗告審判第一二二九号事件の審決が被上告人に送達された日は昭和三十三年八月三日である。

しかるところ、被上告人は、昭和三十三年八月八日付訴状において、被告として、

「東京都渋谷区千駄ケ谷五丁目九三七番地

萩原編物機株式会社

被告 右代表者 萩原栄一」

と表示したが、その後適法な訴提起期間を経過した後である昭和三十三年九月二十八日、同日付訂正書と題する書面によつて、

「一、萩原編物機株式会社の表示について左の如く訂正する。」

として、

「東京都渋谷区千駄ケ谷五丁目九七九番地

株式会社萩原編物機製作所

被告 右代表者 長野国助」

と訂正した。

(二) 原審は、右訂正に基づいて、訴状並びに、右株式会社萩原編物機製作所に送達するとともに、第一回準備手続期日を昭和三十三年十月二十八日と指定し、右期日において右会社の適法な代理人が出頭して、原告の訴状並に、訂正書の陳述並に、被告の陳述が行われたのである。

従つて、法律上、原告の、被告萩原編物機株式会社に対する訴は、適法の期間中になされなかつたか、又は、なされたにしても取下げられたものと認められるべきものであり、そうだとすれば、同被告に対する関係において前記特許庁の審決は確定していたものである。

従つて、原審は、その余の被告(被上告人を含む)に対する訴も、訴の利益を欠くものとして却下すべきであつたのである。

しかるに、原審は、この点に関して、“原告の意思は、終始一貫して本件抗告審判の審決に被請求人とされた萩原編物機株式会社を被告とするにあり、同会社が株式会社萩原編物機製作所と商号を変更したものとの誤解に基づいて被告の表示をそのように変更したが、間もなく誤まりが判明して、再び萩原編物機株式会社に再訂正したものであることは弁論の全趣旨により明らかであるから右中間の訂正では表示の誤謬であるにすぎず、……”

として、単に被上告人のなした各訂正を単なる表示の訂正にすぎないと判断したのである。

しかしながら、被上告人が、原審の如く最初の訂正において、株式会社萩原編物機製作所を萩原編物機株式会社の商号が変更されたもの誤解したということは、少くとも被上告人は、当時渋谷区千駄ケ谷五丁目に存在したところの「萩原編物機」なる文字を商号中に有するところの法人、即ち株式会社萩原編物機製作所を被告として表示する意思であつたことを窺わせるに充分であり、これに対し、特許庁審決に被請求人として表示された萩原編物機株式会社は、本件訴の提起当時、東京都新宿区百人町二丁目八一番地に、その本店をおき、実在したことが明らかであるのである。

従つて、訴提起当時の被上告人の意思は、東京都渋谷区千駄ケ谷五丁目に実在した会社即ち株式会社萩原編物機製作所を被告とする意思であつたと云わざるを得ないのである。

事実、原審は、被告株式会社萩原編物機製作所に対し、期日を通知し、且つ被上告人をして訴状、訂正書の陳述行為をなさしめ、又、右被告は適法に応訴して答弁書の陳述行為をなしているのである。

同被告に対して、訴訟が係属したことは疑う余地がなく又、前記萩原編物機株式会社に対して、適法な訴提起がなかつたか、又は、それがあつたとしても、被上告人が株式会社萩原編物機製作所と訂正し、且つ、同会社に対して実体的に訴訟手続の進行がなされた以上、その時点において、萩原編物機株式会社に対する訴は取下げられたわけである。

このように一旦、適法の手続が進行した段階においては事態は、単に、原審のいうように、単に、「誤つて訴状が前記会社に送達されたに過ぎない」ものではないのである。

なお、原審は、前記のような事実関係の存在に不拘、被告を萩原編物機株式会社と認定した根拠として、「訴状請求原因の記載と対比検討して容易に察知し得る」と説くが、訴状請求原因の何を根拠としたか明らかでないのみならず、元来、被告の指定と訴状請求原因の記載とは、訴訟法上何等の関係もない事柄に属するので、訴状の請求原因を被告の指定の過誤訂正のための、積極的根拠として採用することは民事訴訟法の許さないところと云わねばならない。

以上の次第で、原審は、被告たらざる萩原編物機株式会社を被告として訴訟手続を進行した違法があり、この違法は上告人等に対する判決にも影響を及ぼすことが明らかであるので、この点において、原判決は破毀を免れないものである。

第二点 原判決は、審理不尽の違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

即ち、原判決は、その理由第五項(第十六丁以下)において、特許庁抗告審決を違法とする理由として、

「しかしながら右証人宮下太郎の証言によれば、引用機は同人の発明考案にかかる特許第一七七、一〇五号発明及び登録第三四、四五〇号実用新案を実施したもので、多少部分的な差異はあるかも知れないが、原理はこれら特許発明及び登録実用新案と同じものであることが認められるところ、その成立に争いのない甲第十六号証の一(特許第一七七、一〇五号明細書)、甲第十六号証の三(登録第三六四、四五〇号説明書)と検甲第一号証によれば右宮下太郎の特許発明にかかる前記編機は、『編斜を配列せる台板上の軌条を滑走するカム支持板の裏面に中央定置カム及びこれと相対する一対の可動カムを設け、該可動カムを支持板の導孔を通じて前後に摺動自在なる如く設けたる案内片にそれぞれ支持せしむると共に、これら案内片を支持板台上において左右に摺動自在に設置した把手の脚端部に係接することにより、把手の摺動に伴い、その前後位置の切換えを行ひ得べく構成し、この把手の足部を誘導する各承金をして前後位置を調節し得る如く螺子を以つて支持板に緊締したことを特徴とするメリヤス編成機』であつて、『極めて簡易な装置と操作により編目の大小を変更し、かつ目の大小の寸度を任意に調整することを目的とする。』ものである。これに対し本件特許発明のものは、『糸を切継ぐことなく取替自由となし二色以上の糸を自由自在に取替えて模様編、縞物等を編成し得られるようにしたことを特徴とする。』ものであることは、その成立に争いのない甲第十五号証(本件特許明細書)の記載するところであり、両者は、すでに本件発明特許出願拒絶査定に対する抗告審判審決(その成立に争いのない甲第十二号証の十)のいうように『その目的及び作用効果において全く相違しているもの』である。(宮下太郎の前記登録実用新案は同人の前記特許発明を実施したメリヤス編成機の構造にかかるものであるから、全く同一のことがいわれる。)してみればたとい多少部分的な差異はあつたとしても、原理的には、これら宮下太郎のメリヤス編成機に関する発明考案を実施した引用機について、単にプレッサー様の鉄板の支持杆の一方を取り外し割糸口を使用するだけの変更によつて、直ちに従来は不可能であつた、縞物、板物の編成が可能となり、本件発明のものと同一の作用効果を生ぜしめるものとは、たやすく信じ難いばかりでなく」

として、特許庁の抗告審決の認定を違法とした。

しかしながら、原判決が自ら認定した引用機の構造は、

「ラッチニードルを進退させて編成を行うキャリッヂに糸口の両側に位置する二本の支持杆を切欠孔とボルトによつてねじ止めにし、該支持杆の先端に一枚のプレッサー様の鉄板を同じく切欠孔とボルトとによつてねじ止めにし、キャリッヂの摺動に従いラッチニードルによつて作られたルーブがラッチを越して摺動するようにしたメリヤス編機」

である。(原判決十四丁裏理由第五項)

ところが、特許庁抗告審決の認定した引用機の構造は、

「ラッチニードルを進退させて編成を行うキャリッヂに糸口の両側に位置する2本の支持杆を、切欠孔とボルトによつてねじ止めし、該支持杆の先端にプレッサーを同じく切欠孔とボルトとによつてねじ止めし、キャリッヂの摺動に従い、ラッチニードルによつて作られたルーブがラッチを越して摺動するようにしたメリヤス編機」

である。(特許庁抗告審決第五丁十二行目以下)

結局、引用機に関する特許庁抗告審決と、原判決との認定の差異は、特許庁審決が、

「該支持杆の先端にプレッサーを同じく切欠孔ヘボルトとによつてねじ止めし」

といつているのに対し、原判決においては、

「該支持杆の先端に一枚のプレッサー様の鉄板を同じく切欠孔とボルトとによつてねじ止めにし」

といつているのが異なつている丈である。

してみれば、原審は、引用機について、支持杆の先端に取付けられている一枚の鉄板が、本件特許にいうプレッサーの作用をするものであるのか、あるいは、プレッサーではないのか、疑問を残しながら判断したことになるのである。

けれども、原判決にも明らかなように、引用機は検乙第一号証として原審に提出されたものであり、その「プレッサー様鉄板」の取付位置、取付構造を一見しさえすれば、極めて容易且つ明白に、右の鉄板は抗告審決の認定の通り、本件特許に所謂プレッサーであることが検証された筈である。

原審は、このように、単純且つ明快な採証方法があるに不拘、これを採らなかつたことは明らかに審理不尽の違法があるものと云わねばならず、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

第三点 原判決は次の点において、理由不備の違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

前引用の如く、原判決は、

「これら宮下太郎のメリヤス編成機に関する発明、考案を実施した引用機について、単にプレッサー様鉄板の支持杆の一方を取り外し、割糸口を使用するだけの変更によつて、直ちに従来は不可能であつた縞物、柄物の編成が可能となり、本件発明のものと、同一作用効果を生ぜしめるものとは、たやすく信じ難い」

としているが、原判決十四丁裏八行目以下十五丁裏十一行目に記載の通り、特許庁における証人宮下満吉、横山よね、林綾子等はいずれも、原審のいう、プレッサー様鉄板の支持杆の一方を取外し割糸口を使用することによつて、糸の取替を自由にし、(これは糸を切断することなくの意味であるが)縞編柄編をした旨の供述をなしているのみならず原審の証人であり、且つ原審が、抗告審決の違法性の認定の証拠として採用している宮下太郎の証言にも同旨の供述が存在するのである。(これらの者はいずれも編物又はメリヤス編機製作について、それぞれ専門的知識と技能を有することがその各供述中に明らかである。)

以上の次第で引用機のねじを取外して使用することによつて、引用機における原判決の所謂プレッサー様鉄板なるものが、本件特許のプレッサーと技術的に全く同一のものになることは、特許庁は勿論、原審においても、証明されているのである。

元来、このようなことは、敢えて特別の証明を要する程度の事柄ではなく、多少とも編物機について知識を有する者であれば、前記検乙第一号証を検分すれば、それ自体で明らかになる程度の事柄に他ならないのである。

従つてこの点に関する特許庁抗告審決の認定には何等の違法は存しないのである。

右のように問題自体検証物の検証によつて明白であるのみならず、又それを支持する明らかな証拠が存在するにかかわらず、被上告人の独自の訴訟方式と論理に惑わされて、原審自体が認めているように(原判決十六丁)、同じく編物機に関する発明、考案とは云つても、本件特許発明とは全くその対象部分を異にしている特許第一七七、一〇五号明細書や登録第三六四、四五〇号説明書の記載を引用して、

「その目的及び作用効果において全く相違しているもの」

であるから、

「本件発明のものと同一の作用効果を生ぜしめるものとはたやすく信じ難い」としたのは全く理由にならない理由である。

何となれば、本件特許発明は、編物機のキャリッヂに取付けるところのプレッサーの特定の構造に関する発明であり前記特許第一七七、一〇五号発明並びに、登録第三六四、四五〇号実用新案は、いずれもキャリッヂのカム構造及びキャリッヂ自体に関する発明又は考案であつて、両者は正しく、

“その目的及び作用効果において全く相違している”

ことが対象物の相違に従つて当然のことなのである。

このことは原判決が、特許第一七七、一〇五号発明の構造を説明していることから明らかなところである。

編物機のキャリッヂの特定構造に関する発明、考案と、編物機のキャリッヂに取付けるべきプレッサーとでは何等関連はないのである。

編物機のキャリッヂは、

「ラッチニードルを進退させて編成を行う」

ものであり、プレッサーは、本件特許の請求範囲に示されているように、右のキヤリッヂに取付けられて、

「ラッチニードルによつて作られたループがラッチを越して摺動するにする」ものであるからである。

従つて、両者に関する各発明又は考案は技術的に何等の関連も存するものではないのである。

本件で問題となつているのは、引用機(検乙第一号証)のキャリッヂに支持杆とねじで取付けられていたプレッサー丈なのであり、キャリッヂの構造ではないのである。

従つて、原審は、プレッサーの特許の新規性の問題を判断するに当つて、これと技術的には何の関係もないキャリッヂの特許明細書及び実用新案説明書を引用して特許庁抗告審決の認定を違法と判断する過りを冒しているものであつて、この点理由の不備は救い難いものがあると云わねばならない。

第四点 原判決には審理不尽又は、採証の法則について違法がありこの違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

原判決は、更に、

「仮りに右の変更によつてそのような格段の効果が生じたとしたならば、その成立に争いのない甲第十六号証の一ないし七及び証人宮下太郎の証言によつても認められるように、昭和二十一年から昭和三十年にわたり編機について数十件の特許権、実用新案権を有する宮下太郎が、その新知見について(前記官下満吉、横山よね、林綾子がなしたとする『公知事実』は、いずれも宮下太郎関与のもとになされたものであることは、同人等の証人尋問調書の記載からも明らかである。)特許ないしは実用新案登録の出願をなすことなくこれを放置し、または広くこれを世人に公開することは当裁判所の到底考えられないところである。」(原判決十七丁表七行目以下)

と判示した。

ここに格段の効果というのは、原判決中、「従来は不可能であった縞物、柄物の編成が可能となり」とあるのを指すものであると考えられる。

しかしながら、従来の、即ち本件特許出願以前のメリヤス編成機(大横式メリヤス編機、小横式メリヤス編機、堅型メリヤス編機等)において、縞物、柄物が作成されていたのは、メリヤス編成業者において全く普辺的な事実であり、事実、原審証人宮下太郎自身においても、例えば、乙第十八号証の一ないし四(意匠公報)に示したように、柄物の手袋の各種意匠について、昭和二十四年三月八日特許庁に対して意匠出願をなし、同年七月六日、その登録を受けているのである。

従つて、メリヤス編成機においては、縞物や柄物を編成し得るのがメリヤス編成機の出現以来の常識であり、このようなことが可能なことをもつて、格段の効果とするのは当らないのである。

従つて、宮下太郎が縞物柄物が作成できるの故をもつて、その結果につき意匠出願をしたのみで、機構につき出願しなかつたとしても、何等不思議でも不合理でもないのである。

因みに、右宮下は、原判決の引用する特許第一七七、一〇五号を昭和二十一年十二月二十六日に特許出願しているがその出願中、原判決の認定したような取付方法によるプレッサーを図示しているが、この点については、何等特許要旨とはしていないのである。

この点からみても、同人がプレッサーそのものの効果を格段のものとみていなかつたことが明らかなのである。

又、原審は、かかる格段の効果あるものを広く世人に公開することは考えられないとしているが、この点について、原審は、甲第三十四号証の一として提出されたところの引用機に関する「雑誌主婦と生治」昭和二十四年十二月号第二百十六頁の記載をどのように理解したのであろうか。

同号証には明らかに、

「……上略……さてこれらの内職副業を調べて歩くうちに、これなら家定の内職にも副業にも適当だと思われる縞物機械の製作所を発見しました。私はその工場を参観して次のデーターを得ました。

特殊編物株式会社の研究所では、十四、五名娘さんがいろいろな柄のスエーターをまるでタイプライターのプラテンを動かすように、簡単な操作でこの編物機から編出しています。

機械の能率は一日八時間で平編み三枚、または柄編み一枚という、およそ、手編みとは比較にならぬ速さで、しかも編目も整然と揃うのです。

普通の機掛編製品は更生の場合、ほどけないとされていますが、この機械で編めば、もとのようにほどくことができます。機械の値段は九千円と八千五百円の二種があり、その機械を設置して内職、副業を始めたい人には、研究所で無料で操作の仕方を指導し、習得後も機械の代価に相当する仕事を保証するということです。……中略……工賃をチョッキ、スエターで百五十円、変り柄編で二百円ということです。……後略」

この特殊編物株式会社というのは、宮下太郎が当時代表取締役として主宰していた会社であることは、同人の証言により明らかである。

そして、右の記事によれば、同人が昭和二十四年十一月当時、引用機並びにその操作法を公開していたこと、該機械は柄編、変り柄編もできること、普通の機械編と異なりほどくこともできるものであることが明記されているのである。

以上の次第であるから、原審が証人宮下太郎の供述、並びに特許庁抗告審決の認定を違法としたのは、全く理由がなく単なる独断に基づくものであり、この点について、採証の法則を誤つたか、又は充分な審理を尽さなかつたものと云わざるを得ないのである。

第五点 原判決は法律の適用を誤り、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

原判決は理由第六項において、上告人等が特許庁において主張し、且つ、原審においても、維持した公知事実についての判断を拒否したのみならず、上告人等が原審において主張し、提出した事実、証拠についてもそれが特許庁における判断を経ていないという理由で判断を拒否した。

しかしながら、右は最高裁判所昭和二六年(オ)第七四五号事件において示された判断と異なり違法たるを免れないものである。           以上

〈参考・第三小法廷判決〉

(昭和四二年(行ツ)第二八号)

上告人

旧商号スピード手編工業株式会社

スピー編機株式会社

右代表者清算人

岩松武雄

訴訟承継人

シルバー編機製造株式会社

旧商号シルバー編機株式会社

上告人

シルバー精工株式会社

右代表者代表取締役

井野総太郎

上告人

旧商号日本ミシン製造株式会社

ブラザー工業株式会社

右代表者代表取締役

安井正義

右三名訴訟代理人弁護士

新長巌

被上告人

奥村文治

右当事者間の東京高等裁判所昭和三三年(行ナ)第三〇号審決取消請求事件について、同裁判所が昭和四一年一二月一三日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立があり、被上告人は上告棄却の判決を求めたので、当裁判所大法廷は、裁判所法一〇条三号、最高裁判所裁判事務処理規則九条三項により、上告代理人新長巌の上告理由第五点について昭和五一年三月一〇日判決を言い渡した。よつて、当小法廷は、同規則九条四項により、その余の上告理由につき審理判断をとげ、次のとおり判決する。

上告人側訴訟代理人

新長巌

被上告人側訴訟代理人

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人新長巌の上告理由第一点について

本件記録によれば、被上告人の本件訴え提起の効果が原審被告萩原編物機株式会社について存するものとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二点ないし第四点について

支持杆が二本ある引用機の支持杆の一方を取りはずし、割糸口を使用することにより、本件特許発明と同一の作用効果が得られていたとする上告人らの公知事実の主張は、これを認めるに足りないとした原審の認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができる。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決を正解しないでこれを論難するものであつて、いずれも採用することができない。

なお上告代理人新長巌の上告理由第五点の論旨の理由がないことは、前記大法廷の判決の判断したところである。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(坂本吉勝 天野武一 江里口清雄 高辻正己 服部高顕)

坂本吉勝

CA5_WLJP_JN000547坂本吉勝天野武一

CA5_WLJP_JN000583天野武一江里口清雄

CA5_WLJP_JN000549江里口清雄高辻正己

CA5_WLJP_JN000551高辻正己髙辻正己服部高顕

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